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作:戯言遣いさん 「半分の月がのぼる空 the side story ~a girl like a half moon beside me~(Part A)」

半分の月がのぼる空 the side story ~a girl like a half moon beside me~(Part A)


 夏目吾郎は、大人だ。正確な歳なんか知らないけど、とにかく大人だ。
 さて、例のフィルムの一件で助けてもらってから夏目の事を『夏目先生』と呼ぶ事にしていた僕が何故また今、フルネームで呼び捨てにしているのか?
 理由は簡単だ。
 あのバカ医者のせいで、僕と里香が二度目の、それも、かなり深刻な冷戦状態に突入してしまったからだ。
 勿論今回も里香の怒りが頂点に達しての冷戦で、しかも、今回の里香の怒りようは前回の比じゃなかった。何とか話をしようと里香の病室に行ったのだが、いつの間に、というかどこから調達してきたのかも知る由は無いが、部屋に顔を出した僕に向けて里香はいつもの蜜柑では無く、別の物を投げつけてきた。
 野球で使う硬式球を、だ。
 いくらそんなに頭が良くない僕だって学習能力って物があるから、蜜柑攻撃はあるだろうと予想していた。だけど、硬式球は完全に予想外だった。かなり痛かった。
 念の為に言っておくけど、軟式球と硬式球じゃ当たった時の痛さが全然違う。
まして、蜜柑と硬式球じゃそりゃもう天と地程も違う。しかも里香が狙って投げてくるのは顔で、里香は健気にも体力を戻す為に毎日休む事無く病院内を歩き続けているから最近は割と元気なのだ。手術前後の体調が思わしくなかった時の非力な里香の蜜柑攻撃なんて、可愛い物だったんだ。
 そうして僕は、硬式球攻撃の猛威の前に、敢えなく里香の病室から退散した。
ヘタレだと笑うなら僕の所に来い。硬式球の恐ろしさをたっぷりと味わわせて、ヘタレの仲間入りさせてやる。
 とは言え、仲直りを諦めるつもりは小指の甘皮程も無かった。
 里香は冷戦状態に入ってからも毎日の散歩だけは欠かしていないと亜希子さんが珍しく親切に(多分余りにも僕が惨めすぎたからだ)教えてくれたので、早速僕は屋上に続く階段の所で里香を待ったのだが…来ない。三日程待ち続けて一度も来ないので、もしかしたら亜希子さんに一杯食わされたんじゃないかと思って亜希子さんにそう言ってみた所、心外そうな顔(怖かった)をして、散歩コースを変えた可能性を示してくれた。
 なるほど、確かにその可能性は大いにありそうだった。僕とは顔を会わせたく無い、でも散歩はしようと思うならそうするだろう。…とてもとても悲しい事だけど。
 病院という場所は入院患者にしても見舞い客にしても行く所が限られるので、何の根拠も無くそんなに広くない気がする。だけど、それは勘違いだ。僕自身、無意識の内にそう思っていたんだけど、里香を探そうと病室内を歩き回って初めて、病院が恐ろしく広い場所だという事に気付いたのだ。
 はっきり言って、こんな広い場所のどこを散歩しているか分からない里香を見付けるなんて不可能だ。広すぎる。その上、里香が散歩する時間も限られてる訳だし。
 それでも里香に会いたいという一心で必死に歩き回ったのだが、三日目の捜索を終えた所で、遂に諦めた。ヘタレだと笑うなら僕の所に来い。病院内を歩き回させてどれだけしんどいかを体感させてヘタレの仲間入りさせてやる。
 当たり前の事だけど、里香の病室前で待っていれば散歩しようと出て来る所で話し掛けられる。それが一番確実で簡単だ。…分かってる、あぁ分かってるさ。
でも仕方無いだろ、部屋の前で待ってたら里香が気付いた瞬間ドアの向こうから硬式球が飛んでくるのは目に見えてるんだから…。
 だけど結局、僕は里香の病室前で里香を待つ事にした。硬式球攻撃か里香と仲直り出来ないの、どっちの方が嫌かなんて、最初から天秤に乗る様な問題じゃないのだ。
 …とは言え、この決断は僕にとっては相当な勇断だった。何度でも繰り返すけど、硬式球は当たったら本当に痛いんだって。顔だよ?顔に硬式球。死ぬって、マジで。
 そんな下らない事を今更ながらに考えていると、不意にドアが開いて、里香が出てきた。僕の顔を見て、里香は少し驚いた顔をした。
 久しぶりに見るその顔は、やっぱり可愛かった。硬式球の事なんてすぐにどうでも良くなった。持ってる雰囲気でも無いし。でも、その顔は段々仁王を連想せずにはいられない位険しくなってきた。…あぁ、でもやっぱり可愛いな。…いやいや、今はそんな事よりも里香に謝るんだ。そして一刻も早く誤解を解くんだ。
僕はありったけの意を決して、
 「里香!話があるんだ!」
 と、以前にも何度となく言った気がして仕方のないこれ以上無く間抜けなセリフを発しながら近寄ったのだが、無視された。しかも早足になって歩き始めた。
慌ててその背中を追いかけながら、僕はとにかく誤解である事、怒らせる原因となった物は縦に裂いた上に焼いた事、そしてこれもまた何度となく言った気がして仕方のないセリフだけど、ごめんなさいを連呼した。途中から怖くて顔は直視出来なくなった。我ながら、素晴らしく情けなかった。
 だけど、僕の必死の謝罪を、流石は里香とでも言うべきなのか、結局里香は病室に戻るまで完璧に無視し続け、病室の扉をピシャリと閉めてしまった。
 ………あぁ、勿論へこむさ。30分近く一人で話し続けて、その間入院患者の人やら見舞い客やら看護婦さんやらに見られまくってるんだぞ?高校生にもなって一人の女の子に平謝りする姿を。それだけの精神的犠牲を払ってるのに完璧に無視されたら、誰だってへこむだろ?
 でも、僕が取れる道はそれしか無かった。今度も三日間、僕は同じ事を繰り返した。待つ、謝る、ドアを閉められるの繰り返し。
 拷問の様だった。と言うか、まさしく拷問だった。好きな女の子に無視されるのは死ぬより嫌な事だと、つくづく思った。
 だが僕は、四日目になって初めて、ある重大な事実に気付いた。
 里香は、耳栓をしていた。それも三つも。耳は完全防音状態だった。
 ………これは、堪えた。対策が地味なのに完璧なので、余計キツかった。そんなに僕と接触するのが嫌なのか。余りにショックすぎて、話をする事も断念して里香の病室前から自分の病室まで戻ってきてしまった。
 「あぁ…死ぬ…ホント死ぬ…あぁ…もう…」
 ちなみにその耳栓発覚が今日だったりする訳で。いつかの本の書き込みで勘違いした時以上のダメージを受けた僕は、これまたあの時と同じ様にベッドの上で悶々としていた。
 「終わりだ…もう終わりだよちくしょう…あぁ…ホント死ぬ…」
 本当に死にそうだった。今の僕にとって里香は言葉通り全てであり、里香にとっても僕は全ての筈だった。少なくともそう思う事が自惚れじゃない位の時間を僕と里香は共有してきたのだった。
 僕は里香の笑顔が見たくて退屈になりがちな毎日を楽しい気分で過ごしてきたし、里香は僕と毎日を過ごす事で自分の患っている病気がいつか運んでくるであろう死の恐怖と真っ正面から向き合っていた。そして向き合った上で、僕に最高の笑顔を見せてくれていた。
 勿論罵倒される事の方が圧倒的に多かったけど、その言葉には今までとは違って、僕を信頼して僕という存在を必要としてくれているからこそ、そして僕も里香に対して同じ気持ちであるからこそ、安心して僕に罵倒の言葉でも何でもぶつけてきている様な、何というか、言葉では説明出来ない不思議な温かさみたいな物が確かにあったのだ。
 それに、あの砲台山でのキス以来、里香は今まで以上に僕に何かしてくれる事が多くなっていた。それは別に全然大した事じゃないんだけど、例えば里香のお母さんが持ってきたお菓子をわざわざ僕の好みに合わせて分けておいてくれたりだとか、蜜柑の実の皮を一個ずつ丁寧に剥いてから僕に渡して半分こしたりだとか、自分がまだ読んでない本を僕に読んで欲しいからと言って貸してくれたりだとか、本当に些細な事なんだけど、僕には嬉しくて仕方無い様な事ばかりだった
んだ。
 だからそう…僕と里香の関係は、疑う余地無く、最高の状態だったんだ。一週間後には伊勢を二人でデートする約束までしてる。もう今から楽しみで楽しみで仕方無い。約束通り赤福ぜんざいを買わないと。僕が知ってる最高に桜が綺麗な場所で、二人きりで食べるんだ。想像しただけで鼻の下が伸びてきそうだ。耳も熱くなってくる。あぁ、今顔赤いな。絶対赤いよ。
 …だから、
 「なのに…もう…何でだよ…あぁ、もう…泣く…」
 それだけ、今回のこの冷戦が僕に与えてるダメージは計り知れなかった。反動
が大きすぎる。これが本当の天国から地獄だよ。あぁ、おい戎崎裕一よ。お前の幸せはあのバカ医者の夏目のせいで終わったよ。これからは人並みな幸せを追いかけて生きていくんだぜ…。
 「…裕一…アンタ何してんの?」
 「え?」
 亜希子さんの声。その声に気付いた瞬間、僕はまたしても床に落ちた。今回は顔から落ちて鼻を打った。痛すぎて声も出ない。
 「………あのさ、裕一。私、あんまり体育会系の体張った笑いって好きじゃないから」
 「ウケ狙いじゃないです…痛…本当痛…。…で、何か用ですか?検温とかまだですよね?」
 「あー、うん、そういうのじゃなくてさ。………里香と仲直り出来たかなー…って」
 まるで、腫れ物を触るかの様な慎重さで言葉を選んで話していた。あの亜希子さんがだ。
 「まだです」
 声にまるで覇気が無いのが自分でも分かった。多分、顔にも無いだろう。
 「これで…十日目だね」
 「はい」
 「長いね」
 「はい」
 「解決の糸口は未だ見つからず?」
 「はい」
 「………裕一、アンタ何したのさ?十日前までアンタと里香、見ててちょっとムカつく位良い雰囲気だったじゃないのよ。なのに一体何やらかしたらその里香をあそこまで怒らせられんの?」
 「…里香、亜希子さんにも何かしたんですか?」
 亜希子さんの言葉から、何となくそんな気がして訊いてみると、亜希子さんはあからさまに顔をしかめて、
 「アンタの助け船になってやろうと思って里香に話しかけたら、裕一の話が出た途端に完璧に無視された」
 と言った。
 「………」
 里香は、亜希子さんには余りそういう事はしない。機嫌が悪くても、少なくとも話だけはちゃんと聞いていた筈だ。
 なのに…。
 「裕一の話に持っていこうとした瞬間だったね。その瞬間から完全無視。完全無欠の無視」
 「そんな無視無視繰り返さないで下さいよ…」
 「本当に何したのさ、裕一。前に多田さんのエロ本がバレた時もここまでは長引かなかったじゃないさ」
 …あぁ…そう言えばあの時も夏目のせいで話がややこしくなったけなぁ…。
 「…バカ夏目がですね」
 「うん?」
 「エロ本をベッドの上に置きやがったんですよ、わざわざ僕は部屋から引っ張りだして里香を呼びつけて、里香がそれを見付ける様に」
 「はぁ?何でわざわざ夏目がそんな事するの」
 早くも怒りだしていた。僕はとりあえず説明を続ける。
 「前に屋上で渡された外国のエロ本を夏目に返したんですよ。何だかんだで手元に残ってて。で、返しに行った時に夏目がいなかったんで机の上に置いといたんです。ちゃんと袋に入れたから外からは分からないだろうって思って」
 「………」
 急に亜希子さんが黙った。僕はそれを気にせず、説明を続ける。
 「それがどういう訳か看護婦さん達にバレたらしくて。亜希子さん、知りませんか?」
 「あ、あぁ…知ってるよ」
 歯切れが悪い。どうしたんだ?亜希子さん。
 「…で、それを僕のせいにされた訳です。袋はテープで止めたし外からじゃ中身分からないんで、誰かが勝手に開けたに決まってるのに、そう言っても聞く耳持たないんですよ、あのバカ医者。ひどいっすよねぇ?」
 「あ、あぁ、そうだね…」
 本当に歯切れが悪い。でも僕は早く説明し終えたかったので言葉を続ける。
 「で、その置かれたエロ本が」
 「…置かれたエロ本が?」
 「多田コレクションの生き残りだったんです」
 「…は?」
 「僕がエロ本焼いてた時一冊ちょろまかしてたらしくて。それを置かれたんで
す。…で、タイトルが最悪だったんですよ…」
 「タイトル?」
 「えぇ…『病院のあの子』…ってタイトルでした…」
 「………」
 亜希子さん、完全に絶句。
 僕も絶句だよ、バカ夏目。


To be continued….

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さすが夏目だな!やることがひどいな。(里香ほどではないが)

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