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作:安自矢意さんミリオンHITおめでとう小説「半月錬金アフター」

里香が怒りそうな言葉を探しつつ、僕は彼女に声をかけた。
まったく、損な役回りだろう?
これが僕の選んだものなんだぜ。


     φ


―それから約2カ月後―

――12月半ば――

「金作りの太刀をはき……」
ある教室から聞こえてくる、凛とした高いソプラノの声。
「切斑の矢負い……」
その教室には、2人の男女が窓際前後の机をくっつけ、向かい合うように座っている。
「滋藤の弓持って……」
先ほどから声を発しているのは、この学校の1年生、秋庭里香である。行儀良く椅子に座り、黙々と教科書の一文を読む。
一方、彼女の向かいにノートを広げて座っているのが、今年度の学校を二度目の2年生として過ごす、戎崎裕一。
2人はその日、いよいよ来週に控えた期末テストの勉強会を、放課後に行っていたのだった。
「連銭葦毛なる馬に――…」
ふと、秋庭里香の言葉が止まった。戒崎裕一の視線が、ノートとは別の方向に向けられたためである。
はぁ、と呆れたような溜め息をついて、秋庭里香は開いていた教科書を閉じ、思い切り振り上げた。


     φ


ドカッ!!

「あだっ!?」

いきなりの出来事だった。僕の頭に、なにか強い衝撃がはしったんだ。
「って~~」
「裕一、私に答えは書いてないよ。ちゃんと自分のノート見る」
犯人はやっぱり里香だった。いや、あらぬ方向を見てた僕が悪いんだけどさ。
「ち、違うよ!そうじゃなくて……」
「じゃあ何よ」
う、聞き返されてしまった。どうしよう。これ、里香に言ったら絶対怒るよな。
「んー、なんていうか、その……」
「何?言ってみて」
「そ、そう。じゃあ……」
勇気を出して、僕は口を開いた。少しだけ、それを聞いた里香の反応を想像した。恥ずかしがるかな。いや、多分怒るだろうな。



「その、里香の傷、一回触ってみたいなぁと思って」



「………」
「………」
沈黙が続く。キョトンとする里香。その表情をジッと見つめる僕。
それから20秒くらい経って、ようやく里香の口が動いた。
「傷って、お腹の……その、手術の……?」
「うん」
何でもないように肯定。大げさに頷いてやったさ。
またしばらく固まった里香の顔がほんのりと赤くなる。恥ずかしがってる証拠だ。こんな里香の表情も珍しいので、僕はじぃっと里香の顔を眺める。
すると、それに気づいた里香がさっきのほんのりとした赤とは一転、今度はそれを真紅に染め上げた。

間違いない。怒ってる。右手には教科書を既に装備済みだ。
僕は覚悟を決めた。勿論、怒鳴り殴られる覚悟だ。
「ゆ、ゆ……」
わなわなと体を震えさせる里香。教科書を持った右手が高々と掲げられる。







「裕一のバカーーーーー!!」


    ゴスッ!!


鈍い音が教室に響いた。里香、角はないだろ。めちゃくちゃ痛ぇよ。

後ろに倒れ、頭を抱えて悶絶する僕をよそに、教室をズカズカと里香は出ていった。

次に僕が言う言葉だって?そんなの決まってるだろ?


「里香ーーーーー!!」


勿論、涙目になりながら。


     φ


「何?里香ちゃん見なかったって?」
ガタンという音をたてながら落ちてきた、パック入りのお茶にストローを差し込みながら、山西は僕に聞き返してきた。
僕はそれに対して首を縦に振って答える。教室からここまで一目散に走ってきたので、息切れで喋るのがおっくうだった。
「期末考査の追試に備えて勉強教えてもらっていたんじゃないのか?」
「いや、それが――」
とりあえず、山西にさっきあった一部始終を話す。
話を聞き終えた後、山西はつまらなそうにストローを口につっこんだ。「なんだ、ノロケか」とでも言いたそうな顔だ。
山西が喋りだしたのは、パックのお茶をあらかた飲み終えた後だった。
「戎崎、オマエこの前も『里香ちゃんのゴムになりたい』とか言ってなかったか?目のつけ所がイマイチわからん」
「いや、だってさ。見てみたいと思わねぇか?」
「思えわねぇか?じゃなくて、もう少し考えて物は言えよ。相手は里香ちゃんだぞ?」
言い方はムカつくが、確かに山西の言うとおりだ。流石に唐突すぎたか。僕は少しだけ、反省した。
「それによぉ」
山西がまだ何か言おうとしている。鼻息が荒い。なんか変なことを言おうとしているのが、容易に理解できた。
「どうせ触るならよ、うなじとか、耳とかにさせて貰えば?」
「うなじ?耳?」
聞き返す僕に、そうと言うように山西が頷く。
「その方がさ、里香ちゃんもヨロコぶぜ?」
「ヨロコぶ……」
僕の頭に、へんな妄想が膨らんだ。
僕が里香のうなじを上からなぞったり、耳を甘噛みすると、里香が思わず「ひゃんっ!?」なんて小さな悲鳴を上げる。その反応が面白くて、ついついやりすぎてしまうのだ。

……なるほど。確かにこれはイイかもしれない。鼻が思わず伸びてしまう。

次の瞬間だった。



    ゴスッ!



僕の頭に、何かが横からぶつかってきた。重心が崩れ、地面に垂直だった体が傾く。そんな中、僕は頭にぶつかってきた物の正体を垣間見た。

あれ?これ……ペットボトル?

しかも、中に水を入れてメチャクチャ重くしてある。

里香め、やりやがったな。
僕は、大の字で渡り廊下の地面に倒れ込んだ。

「なんのかんの言っても、心配する必要はないな」
山西のぼそりとした呟き声が聞こえる。

「ストロベリーなお相手、俺も欲しいなぁ……」
そんなことを、言ってたような、言ってなかったような……


     φ


「今日は何作るの?」
「シチューでも作ってみようかと思ってるんだ。この間買った本に、新しい味付けの仕方が書いてあったから」

シューズから靴に履き替えながら夕食の話をする2人の人物。1人は身長180cm以上の大男。もう1人はそれよりも20cm程小さい女子。
世古口司と水谷みゆきである。
「ん?」
帰路の用意をする2人のところに、別の生徒が小走りでやって来る。
「駄目だよ里香、走ったら体に悪いんだから!」
彼女の身を案じ、反射的に注意するみゆき。
今まさにこちらに向かってくる少女、秋庭里香は、滅多なことがないかぎり、走ることはないのである。
「里香ちゃん、どうかしたの?」
「裕一から逃げてる」
「へぇ、ラブラブだね」
「みゆき、一度眼科に行ったら?」
冷静な毒舌に、みゆきは少しムッとなった。
「裕一が来たら、まだ校内にいるって言っといてー!」
「ハイハイ、わかったよ!」
その言葉を聞いて、秋庭里香はさっさと校門から出て行った。


「あ、司!みゆき!」
戎崎裕一が2人の前に現れたのは、それから2分ほど経過してからであった。
「裕一」
「なぁ、里香見かけなかったか?」
「あぁ里香ちゃんならまだ校むぐっ?」
司の口がふさがれる。みゆきの手によって。
「里香なら、ちょっと前に校外に出てったよ」
満面の笑みで嘘をつくみゆき。司は、その笑みに先ほど「一度眼科に行ったら?
」と言った秋庭里香への復讐心を垣間見た。
「そっか、サンキュッ!」
そう言って裕一は再び駆け出す。……と思っていたら
「あ、そうだ!」
走りざま、2人に顔を向けて言った。
「みゆき、大学入試、頑張れよ!司も、レストランでの修行しっかりな!!」
「裕ちゃんの方こそ」
「また留年しないようにね」
「なんだよ、せっかく応援してやったのに」
不服そうな顔をしながら、戎崎裕一は校門へ走っていった。

「裕ちゃん、相変わらずだね」
「そうだね」
走り去る背中を見つめながら、2人は呟いた。
「それにしても水谷さんって――……」
「ん?キレイ?」
口に手を当て、オホホと笑うみゆきを見ると、
(意外と腹が黒いんだなぁ)
などとは口が裂けても言えない世古口司であった。


     φ


里香が逃げる場所なんて浜松ならともかく、今僕らのいる伊勢では限られてくる。
自宅、図書館、おかげ横町、砲台山、そして病院だ。
この5つの中で1番学校に近いのは病院である。僕は、自転車をまたぎ、急いで病院へと向かった。
因みに、追いかけるのに自転車を使えば良いことに気づいたのは、校門を出た後の事だった。司とみゆきの「なんでまた戻ってきたの?」と言わんばかりの視線が痛かったが、気にしない事にしておく。



病院につくと、僕は真っ先に裏口に回った。正面突破は不可能に決まっている。途中掃除のオバチャンに怪しい目で見られたが、なんとか弁明してまくことができた。
顔見知りの看護婦さんに見つからないように、道を選びながら進む。

休憩室

ここだ。きっとここに里香がいる。
ほとんど勘だった。ただ、入院中にここで里香が亜希子さんと楽しそうに喋っていたのを見たことがあったからだ。
壁に背中をペタリと貼り付け、慎重に動く。なんだかスパイになった気分だ。
空気を一度大きく吸い込んでから、

ガラガラッ!

僕は意を決して休憩室の中に入った。




「……うわぁ………」

信じられない光景だった。休憩室にいたのは、


「あら」
婦長さん。確か新しく赴任してきたひとだ。亜希子さんから散々愚痴を聞かされたから覚えている。散々自分をいびるくせに、医者とか患者の前だと急に優しくなるとか。

「ん?裕一?」
その愚痴をこぼした張本人の亜希子さん。赤い髪の毛を久々に見た気がする。

この2人は分かる。ここにいたっておかしくはない。けど、だ。



「よぅ、戎崎」
どうして夏目がここにいるんだろう。
2ヶ月前にアメリカに行ったんじゃなかったっけ?なんで平然と病院にいるんだ?

しかも、休憩室にいたのはその3人だけで、肝心の里香がいなかった。どうやらハズレのようだ。僕の自転車による爆走劇は、無駄に終わったらしい。

「……来るトコ間違えた」
そう言って僕は、きびすを返して部屋を……出ようとしたのだが、
「まぁ待て戎崎、ゆっくりしていけよ」

夏目に襟裏をつかまれたせいでそれ以上先に進めなかった。
しかも、夏目のヤツはグイグイ後ろから僕を引っ張ってきやがる。そのたびに、首が締まって思わずむせた。
「ぐぇ!ちょっ、夏目先生、苦しい苦しい!大体なんでここにいるんすか?アメリカに行ったんじゃ!?」
「ん、あぁ、そういやお前には言ってなかったな」
ようやく襟裏から手を離した夏目はそう白々しく答えた。
「ちょっとこっちに忘れ物をしてな。向こうでもようやく落ち着けるようになったから、1週間休み貰って帰ってきた。自由気ままなアウトローだ。ウハハハ」
休みを貰ったのがそんなに嬉しいのか、夏目はえらくご機嫌だった。いや、日本に帰ってこれたから、なのかもしれない。
「ふ~ん。あ、亜希子さん、ここに里香来ませんでした?」
とりあえず夏目はほっといて、僕は亜希子さんに本題を持ちかけた。軽くあしらわれた夏目は不服そうだ。
「里香ぁ?いや、来てないよ」
「あぁ、そうですか」
かなりしょぼくれていたらしい。ガックリと肩を落とした僕を見て、亜希子さんはからかうように言った。
「どうしたの?またケンカ?」
意地の悪そうな目で僕を見る。
「何かまずいコトでもやった?例えば………


手術の傷のコトに触れる、とか」







どうやら、僕は感情がよく表に出やすいらしい。
僕の表情を見つめた亜希子さんは、
「ドンピシャ、か……」
呆れたような口調で、そう言った。


     φ


市立若葉病院。その裏口の扉が、本日2度目の不法侵入のために開けられる。

そこから入ってきたのは、身長150cm程の小柄な少女。長い髪をたらし、テクテクと廊下を歩く。
その少女、秋庭里香の両手は、通学の際に用いる鞄ともう1つ、小さめの紙袋で塞がっていた。
紙袋の中身は好物七越ぱんじゅう。戎崎裕一からにげる途中、小腹がすいたために購入したものである。
その際里香は、会計中に裕一に見つからないかとそわそわしていたが、無事発見されずにすんだ。
廊下を右に曲がると、50歳ほどの清掃従業員の女性とバッタリ出くわす。里香が、「今日も検査なんです」と言うと、その女性は怪しむことなくアッサリと通してくれた。




「あら」
「ん?里香?」
「よぅ、久しぶりだな」
休憩室には新任の婦長、看護婦の谷崎亜希子、そして里香の元、担当医である夏目吾郎の3人がいた。
こう見ると、一介の看護婦である亜希子は肩身が狭そうである。
「夏目先生、お久しぶりです」
軽く里香が会釈すると、夏目は「まあまあ座れ」と自分の体をズラしてソファーにスペースを作った。そこに里香がちょこんと座り、持ってきた七越ぱんじゅうを皆にどうぞと促す。真っ先に食いついたのは、やはり亜希子であった。


     φ


「ん~、まさか行き違いになるとは」
つくづくかみ合わないねぇ、と亜希子はため息混じりに呟いた。
どうやら裕一は先ほどここにきたらしい。途中出くわさなくて良かった、と里香は安堵する。これは七越ぱんじゅうに時間を費やして正解だったという事だろう

「戎崎から聞いたぞ。あいつ、手術の跡を触りたいとか言ってきたらしいな」
からかいを含んだ夏目の言葉。その言葉に、里香は憤慨した。
「そうなんですよ!全く裕一は!何考えているのかサッパリわからない!だいたい……」
なおも少女の口から出るとは思えない悪口を吐き散らす里香。もちろん、夏目の「…………わからんでもない……」という呟きは耳に入っていない。
「もぅ、裕一ってホント変!」
締めくくりかのように里香が張り上げ、
「その変なヤツとつき合ってるのは誰だい?人のコト言えないよ」
吹き出しながら亜希子がからかい、
「オマエもな」
夏目が釘を刺すかのように言い切り、
「あら、そう言う夏目先生こそ……」
そのやりとりを傍観していた婦長がトドメの一言。休憩室は、その後しばらく乾いた雰囲気となった。


「あ、そろそろ帰らないと」
最初に沈黙を破ったのは里香だった。壁掛けの時計を見ながら、すくっと立ち上がる。
「あらもうこんな時間。ほら、谷崎。そろそろ仕事」
「んぇ?あぁ!ホントだ!」
慌てふためきながら亜希子が、それに続いて「では夏目先生、里香ちゃんも」と婦長が部屋を後にした。
夏目もはたと時計を見る。時刻は5時40分。男子ならまだまだこれからな時間帯だが、女子は門限等の問題もある。確かにそろそろ、帰り時ではあるのだ。
「よし、里香。俺が車で送ってやるよ」
何気なく夏目は言った。里香はその言葉に驚く。
「え?良いんですか?」
「こんな時間だ。1人て歩いて帰らせるわけにもいかんだろ。それに、帰る途中戎崎にも会わずに済むしな」
「あ、じゃあお願いします」
「おう」
そう言いながら、残る2人も部屋から出て行く。
休憩室は、誰の1人もいないがらんとした寂しい空間となった。


     φ


カカカカカカカカカ……

タイヤになにか挟まったのだろうか、さっきから自転車がうるさい。何年も使っているからな。もうボロがきたか。
本来なら、この自転車はあと3ヶ月もすれはおさらばするはずだった。高校をなんとか卒業して、都会の大学に行って、もう乗ることは年に数回あるかないか。
そうなるだろうと思っていたし、信じていた。
しかし、まさかの留年、それとかけがえのない出会い。この2つが僕をこの伊勢という地元に留まらせた。
頑張ってくれよ自転車。お前と僕はまだまだ付き合いは長くなるんだ。
そう心の中で自転車を応援する。

病院を出た後も、僕は里香を探し回った。里香が行きそうな所は自宅と砲台山以外はあらかた探し回った。けど、里香はどこにもいなかった。
一体どこに言ったんだろう。里香にちゃんと会って言わなきゃいけないのに。そうあの言葉を。


     φ


「裕一、アンタってホンっっト馬鹿だね」
亜希子は僕の頭を小突きながらそう言った。あきれ半分、怒り半分な状態で。
「アンタさ、女の子はそーゆー話題を嫌がるもんって分かんないわけ?」
饒舌にまくしたてられ、今の僕には「はぁ」とか「へぇ」とか言うことができない。心なしか、頭を小突く威力もだんだん高まってきてるような。
「裕一、デリカシーって言葉知ってる?」
「そりゃあ、まぁ……」
「じゃあ、どうしてそれを里香相手に実践しようとか思わないわけ?」
「………」
反論できない。亜希子さんがいつにも増して怖く感じられる。頭の小突きも最初はコツコツだったのが今はもうゴッゴッて感じだ。気のせいじゃない。マジで痛い。
「………いいかい裕一」
急に小突くのを亜希子さんは止めた。声もさっきと比べて穏やかだ。


「男はどうかは知らないけどさ、女ってのは、傷跡とか、そういう体に残るもんにはデリケートなんだよ。本人にしかわからない密かな想いってヤツかね。女の子の傷にはそういうのが隠されてんのさ」
そこまで言って、亜希子はふぅとソファーにふんぞり返った。僕は僕の方で、「……そうなんですか」と小さく返しただけである。
「そうなんだよ。分かったら早く行ってきな。里香を待たせるんじゃないよ」
「……亜希子さん、オレ、行ってきます!」
その言葉で満足に笑う亜希子さんを見てから、僕は立ち上がり、走った。もちろん、早く里香に会うためだ。
それなのに、
   ガンッ!
休憩室の出入り口を一本の足が通行止めにした。驚いて足の主を見る。いつの間に移動したのか、夏目が腕を組んでそこに立っていた。
「相変わらず謝れば済むと考えているのか」
穏やかじゃない、けど別に冷たいってわけじゃない、夏目の言葉。
「謝るなよ戎崎。ここは謝って済むべきじゃあない――……」
無表情のままそれだけ言って、夏目は足をどけた。

――謝って済むべきじゃあない――

その後ずっと、その言葉が僕の胸に響き続けていた。


     φ


「やっぱり……」
「え?」
「他人に触れられるのは嫌か?その傷のコト」
唐突だった。車の中でひたすら里香の話に相槌を打つだけだった夏目が、いきなりそれについて聞いてきたのである。
「………うん」
ゆっくり深く大きく、その質問の回答として里香は頷いた。
「この傷は大切……これは、私が生きてる証拠でもあるし……」
「………」
言葉を続ける里香。「まぁ、たまに『先生、もうちょっと目立たないようにしてくれなかったかなー』なんて思うけど」
真剣だった里香の顔が崩れて微笑みの表情になる。
「悪かったな。腕の悪い医者で」
夏目もその微笑に冗談と笑顔で答えた。


「………ねぇ先生」
「ん?」
「裕一は、なんでこの傷に触りたがるんだと思う?」
「さぁな。アイツはアホで間抜けで真直バカだからな。お、着いたぞ」
「え?」
夏目は車を止めてエンジンを切り外に出る。里香もそれに続く。
そこは公園だった。里香と裕一がよく待ち合わせに使う場所でもある。枯れて葉っぱ1つ残さない木々が切なさを漂わせていた。
「直接聞いてこい。里香」
夏目はそう言いながら、ある方向をあごで指す。
「え?あっ」
その方向に、1つの姿。通学靴に学ランといいいでたちにも関わらず、全身全霊フルパワーで自転車をこぎ、こっちに向かっている。
「裕一!?」


     φ


見つけた。ようやく見つけた。見間違うハズがない。夏目がいるのがどうも気に入らないけど。
もう帰ろうかという頃に、夏目の車が通り過ぎていった。その時見たんだ。助手席にいる里香を。
それからは僕の勝手なVS夏目のデッドヒートだった。夏目の車しか見ていなかったせいで途中別の車にひかれそうにもなった。
どんどん差が広がっていき、もう無理だって時に、夏目の車が公園で止まったんだ。
僕がようやく追いついた頃には、夏目も里香も、車から出て僕が来るのを待っていたみたいだった。
「り……り…里、香……」
せっかく追いついたっていうのに、さっき全力を出しすぎたせいで口からはゼーゼーと息切れしか出てこない。つくづく自分が情けなく思えてくる。
「裕一」
「えっ?」
驚いて顔を上げる。まさか里香の方から声をかけてくるとは思わなかった。
「裕一はなんで、その……この傷に触りたいと思うの?」
「な、なんでって……」
そう言われても困る。僕はただ……
「ただ、触ってみたいな、ってなんとなく思っただけで……」
「………」
里香は呆れ顔になっている。そりゃそうか。必死に逃げたあげく、「ただなんとなく」だもんな。僕がそんなこと山西にでも言われたらきっと殴ってるね。

そう、なんとなくだ。でも、それだけじゃない。
「それとさ」
「えっ」
里香の表情が一転、呆れから戸惑いになる。
「その傷とかも何もかもひっくるめて」
すっと手を里香の肩に乗せる。里香の澄んだ瞳が、僕をと見つめる。夏目は夏目で僕らをまじまじと見つめている。
言え。言うんだ戎崎裕一。
ここから少し離れた所に2人の人影が見えた。里香と同じ制服。同じ学校の生徒か。見つかったらマズいかな。
いや、それでも言うべきなんだ。誰が見ていようと、絶対に。「謝って済むべきじゃあない」そうだろ?夏目先生。



「まるごと全部、里香のコトが、好きだから!」


     φ


「え?あ……」
秋葉里香は戸惑いを隠せない。まさか、こんな所でそんな言葉を戎崎裕一から聞くとは思わなかった。
どう返答すればいいのだろう。自分の顔が赤く火照っていくのが分かる。
その時だった。
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
驚いて声のした方を見る。そこには、里香の友人である吉崎多香子。横には綾子がいる。どうやら奇声は綾子が発したもののようだ。

「何何?ひょっとしてプロポーズ!?きゃー!」
狂喜乱舞する綾子。

「人の告白、初めて見た……」
顔を赤らめて硬直する多香子。

「里香ゴメン!何にも考えないで追いかけ回して……」
謝ろうとする裕一。

「ちょ、裕一!分かった!分かったから!」
先程の言葉もあり、しどろもどろな里香。

その場は、一種の混沌に包まれた。
その中で唯一冷静な夏目吾郎が、多香子と綾子の2人の方へ歩く。
「ホレ、祝福も良いが、邪魔しちゃ野暮ってモンだぞ」
固まってる多香子の手をブンブンと振り回す綾子を、夏目がなだめすかす。
「君ら、ここらへんに詳しいよな。悪いんだが、道教えてくれないか?」
「え?あ、はい……」
夏目の質問に答えたのは、我に返った多香子の方だった。
道を尋ねるその人物の顔は、笑ってはいるものの、どこか哀愁を漂わせていた。
「あの、顔色が少し良くなさそうですけど……」
少し驚く。まさか高校生に見透かされるとは。
「……大丈夫。古傷が少し疼いているだけだ」
何事もないように、微笑のまま言う。
「場所変えるから!早く来て裕一!」
「え?あ、ちょっと、里香!?」
後ろから、微笑ましい会話が聞こえてきた。


     φ


砲台山。
里香が、初めて僕の前で泣いた場所。
僕が、里香に想いを告白した場所。
里香と僕が、口づけを交わした場所。

その場所に、僕らはまたやってきた。

1度目はバイクだった。
2度目は亜希子さんの車。
そして今度は自転車だ。
2人乗りであの坂道は、あのボロい自転車にはかなり酷だっただろう。ありがとよ。自転車。
「綺麗だね」
里香が言った。
たぶん街の景色のことだろう。
「うん」
景色と里香。その2つの意味を込めて、僕は言った。


里香は唐突に言った。
「ねぇ裕一」
「何だよ」
「触ってみる?」
「え?でも……」
「軽々しくじゃなかったら良いよ。」

そう言いながら、里香はセーラー服の裾を掴む。

「それに、相手が裕一なら……」

少しずつたくし上げられるセーラー服。
白い肌、へそ、そして手術の跡が姿を表す。胸も見えるかと思ったけど、寸前のところで里香はたくし上げるのを止めてしまった。
傷は、見た限り首もとから胸のやや下のあたりまである。
僕はその跡の見えてるぎりぎりのところを、人差し指と中指の2本で、ゆっくりと触る。

サラついた感触だった。頬のようなふにっとしたのじゃなくて、きめ細かい砂のような感じ。触るだけで、胸が高鳴っていくのが分かる。里香もそうなんだろうか。

触れた2本の指を、そのまま下に動かす。


「………ン…」


里香が微小の声を漏らした。勿論、僕が聞き逃すはずがない。

「里香、もしかしてヨロコんでる?」
「なっ!?」
ぽんっと音が鳴ったように思えた。それくらい里香は一瞬で顔を真っ赤にした。
「よ、ヨロコんでない!良い?傷跡ってねはフツーに敏感なモノなの!それに……」

難しいことはよく分からないのでも一回触る

「ンン……」
「ヤッパリヨロコんでる」
「ヨロコんでない!!」
ヤバい。だんだん面白くなってきた。もう一度だけ触ってみる。

「ン……」
「ヨロコんでるヨロコんでる」
僕がからかってることに気づいたのか。いつの間にやら里香のボルテージはMAXだった。
「もう、裕一の……」



「バカ―――――!!!」



    グサッ

「ぅごはぁっ!?」

僕の両目に、ものすごい衝撃が走った。なにが刺さったのか分からないまま、思わず数歩後ずさる。
里香の方を見る。手をチョキにして僕に突き立てている。痛みの正体が分かった。里香の目潰しだったんだ。
「もういい!帰る!」
「え?あ、里香!?」
砲台から降りてサッサと帰ろうとする里香。僕は慌てて追いかけようとして砲台から降りる。着地に失敗。頭をモロに打ってしまった。
「あはははは!裕一、バカみたい!」
さっきの不機嫌はどこへやら、里香は頭を抱えてジタバタする僕を指差してゲラゲラと笑っている。本当にこの女は。
「うるさい!あぁ、痛ぇ!めちゃくちゃ痛ぇぞ!」
「あはははは!」
里香は笑顔は、夕日に照らされてすごく綺麗だった。僕にとっては、街の景色なんかより10倍は美しい。
「さ、帰ろう、裕一」
里香が手を差し伸べた。掴まっていいのかな?別に良いよな。よし、掴もう。
「おう」
手をグッと握り、腰を上げる。その後、駐車場に止めた自転車の所まで、僕らは手をつないで歩いた。


夕日が、もうしずみかけようとしていた。


     φ


「お疲れ様でしたー!」
威勢のいい声と共に、市立若葉病院の裏口のドアが開かれる。
谷崎亜希子。ようやくの仕事明けである。後は帰路につくのみ。珍しく早く終わった事でにやけが収まらない。
とウキウキしながら自分の車に向かうと、病院の駐車場の人影を捉えた。車にもたれかかり、ふてぶてしくタバコをふかしている。
間違いない。夏目吾郎だった。



「ほい、里香の送り迎え、お疲れさん」
「ん?谷崎か。いきなりどうした?」
目の前にコーヒー(だと思われる液体)が入った紙カップを突き出す亜希子に夏目は意外だと言わんばかりに目を丸くする。
「なんだよ、奢りだよ。飲みなって」
「あ?あぁ」
曖昧な返事をしながら、カップを受け取る。コーヒー(らしき以下略)の温もりが、手からじんわりと伝わってきた。
「『ここは謝って済むべきじゃあない』、か」
「ん?」
「いや、意外だなぁ、と思ってさ。あんたの口から裕一にアドバイスだなんて」
「あぁ、あれのコトか」
そういやそんなこと言ったな、と呟きながら、夏目は空を見上げた。時刻は6時過ぎ。もう日は完全に沈みきってしまった。
代わりにのぼっていたのは……
「まぁ、あれだ。アメリカなんぞに行くことになっちまって、もうほとんどあの2人にゃかまってやれねぇんだ。ここは一つ、大きなお世話な小さな親切って奴だな」
「小さな親切、か。悪くないね。そーゆーのも」
「だろ?医者、夏目吾郎は、嫌~な奴ほど大事にするのさ」
そう言って、夏目は紙カップに口をつけ、グイッと中身のコーヒー(以下略)を飲んだ。瞬間に、
「ぶはっ!!谷崎てめぇ、このコーヒーブラックじゃねぇか!俺はな、甘い方が好きなんだよ!お前も知ってるだろが!」
「ハハハハ!私も嫌な奴だろ?ちゃんと大事にしなよ!」
「誰がお前みたいな暴力女」
「暴力女でケッコーケッコー」
市立若葉病院。その駐車場に1人の怒鳴り声と、1人の笑い声がこだました。


     φ


「結局、今日はできなかったね」
「え?何が?」
「期末考査の追試」
あぁ、そうだった。追試の勉強をしてたんだっけ。僕はすっかり忘れていた。
「大丈夫!何を隠そう、俺は追試の達人だ!」
思いっきり見栄をきってみる。が、
「ハイハイ。どうせなら期末の達人になってよね」
ヤッパリと言うかなんと言うか、里香はあっさりと切り捨てる。本当、なんて女だ。
カカカカカカカ……
乗っている自転車の変な音が、更に大きくなった気がする。後ろに里香が乗ってるからかな?
「大体、なんで留年したのにまた追試受けるの?ホント、裕一ってバカみたい」
それは仕方のないことだ。去年の今頃は、どっかの誰かさんのパシリにされて、勉強どころじゃなかったからな。分からなくて当然さ。
などとは口が裂けてもいえない。まださっきの目潰しのせいで視力が0.1くらい落ちた気がするのに、これ以上なにか後遺症を残したら大変だ。
「ま、いっか。明日からビシビシ教えていくから。全部面倒見てあげる」
「うっす。お願いします!」
僕がそう言うと、里香はアハハと笑った。里香の笑い声を聞いて、僕もウハハと笑った。
空にはもう太陽の姿は見えず、代わりに、半分の月がのぼっていた。
カカカカカカカ…
自転車の雑音。それも今じゃBGMみたいなもんだ。
頑張ってくれよ自転車。5年でも10年でも使えるようでいてくれよ。そして、いつでも後ろに里香を乗せれるようにしてくれよ。
僕はそっと、自転車を応援した。


<了>

COMMENTS

感動した!!
いやもう何を言いたいのかさえまとまらぬ程に感動している!
というか配役と、少しのストーリーのいじり具合いが絶妙だと思った。俺も何度か頭の中で考えてみたけど、その時はこんなに巧くまとまらなかったし。
しかし夏目にパピヨンと剛太の二役をさせるとは・・・しかもそれがピッタリ合ってるから凄い。
みゆきが祐一に教えた理由も無理矢理でなく自然だし、山西が一人寂しくとかバロスwwwwwでもちゃんと三役こなしてるから凄いよwww
まあせめてダメだしするなら、吉崎嬢がああいったハシャギ方するかなあってところですが、それもまた一興!いや、一驚!!
シメも綺麗に、かつ明るく終わっていたのでいい気分に浸れました。余韻!!
駄目だ、これで完全にファンになった。ついでに創作意欲も上がってきたっ!
しかし、武装と半月、ここまで理解している人がいるなんて・・・武装への愛なら一番だと思っていたけれど、たかが思い込みだと反省しています。精進します。
さて、良いモノを読ませてもらいました。執筆ご苦労様です、ありがとうございましたッ!

GJ。というかこれは良い才能の無駄使いw
里香(斗貴子さん)と裕一(カズキ)はもちろん、他のキャラも上手く合わせていますね。
パピヨンが夏目なのが特にワロタwww

 目潰し怖え~。グサッという表現は…ちょっとキツイかも。
 どうやら元ネタがあるようですが、詳しくないので、コメントが難しいなあ…
純粋にSSとして読むと、よく出来ていると思いますよ。

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